1984年のテレビ

 スキャンの進捗状況は、って「進捗」という言葉は昔からあったけど、使われだしたのはここ最近なような観がするのは、単なる私が無知ということ。前までは「進行」とか「はかどっている」などと言っていたような気がしないでもない。
 
 タイル張りの風呂場の写真と同時期に撮った、1984年の我が家のテレビ。両親のだけど。
 中学出てから殆どテレビを見たことないので、テレビの形状の遍歴ってよく分からないところがある。この写真を見る限り、チャンネルはまだ回すスタイルで、左のダイヤルのはUHF用かもしれない。
 その下の2つのつまみは、音量とバランス?ということはHi-Fi?・・・なんか違うなかな。
 リモコンはずっとあと。その前にコード付きリモコンが存在していた。
 この時代、テレビの上とかにトロフィーや盾を置いていたのを我が家に限らず、良く見かけた。若気の至りから「ふん~」と思っていたが、何にしろもらえるだけでも素晴らしいではないか、という配慮をもてるようになった。

 1983年のにもビネガーシンドロームは、波をうったスジなどを幾つか見かけたが、1984年ので初めてカビ風クモの巣みたいなのを見かけた。さそり座に見えるぞ。
 135フィルムは乳白色のショーレックスに入れていて、仕事ではない限り、スクイズ後の吊るしたフィルムは翌日取り込むようにしているのだが、乳剤の中に水分なるものが混ざったのか?
 それでもPhotoshopならこのくらいのは簡単にレタッチできてしまうのがデジタルの良いところ。
 進化しまくった昨今のAFにおいて、年配のスポーツ系カメラマンが、このAFの進化によってカメラマン寿命が飛躍的に伸びた、と言っていたけど、これと同様だろう。
 デジタルのない時代は、こういうのはそのままボツだろう。昔の写真師はできた、というのがあるけど、それはフィルムが大きいからで135では筆も鉛筆も入らない。
 
 トーチカから首を出している猫パコ軍曹みたいだけど、とにもかくも24時間態勢で気に入ってくれるのは嬉しい。

ねこちぐら

 久しぶりに当てた!
 お年玉年賀はがきの賞品よりもだんぜん嬉しい。
 これなら遊んでくれるだろう、気に入ってくれるだろう、という猫用おもちゃやグッズって、思いの外はずれまくる。決してそれら製品が悪い訳ではなく、単なる猫の好みからなのだけど、飼い主もなかなかそれが分からないものだ。勝率はだいたい1勝3敗ぐらい。
 中は段ボールでツメとぎにもなっていて高さも良し形状も丸。すぐさま飛び込んできて24時間ご愛用モードになっていて、ちょっと高目の1,800円は気にならなくなった。
 我が家では「レコードになって寝ている」と称している。

1983年

 1983年は写真学校を修了し、一つの恋も終了し、フリーカメラマンの事務所にアシスタントとして就職した年だ。就職って言っても助手だから人権のない半社会人の丁稚だ。良い先生だったけど拘束は長い。
 やることないから、仕事が終わると、事務所のある早稲田から池袋まで写真撮りながらテクテクと歩いてゆくのが日課だった。夜遅くなるとストロボ一発のスナップばかり。
 助手をしていてどうやってフリーランスとして独り立ちするのかが全然分からず、日々先生のテクニックを盗むことに終始しながら暇つぶしにスナップしていたその年に「おしん」が始まり、ちらりと見たところでは、おしんってオレみたいだな、と何度共有したことか。全部見てないけど。
 少なくとも1983年は私にとって一番の激動の年だったと言えるかも。
 で、スキャンしていると最初の2つの写真のように青い斑点が顕在し、なに?と思えば、スクイズした時の残滴がそのまま乳剤面に付着していたところだけど、たいていはキャビネのプルーフプリントをしているのだがそれらはなかった。カラーモードでスキャンすると出現するものなのか。

 あれ、もしかして、こんなのを最後にモノクロプリントした2015年ぐらいまでスキャンし続けるの?終活とかこれらスキャンとかって、自分の人生を振り返ること、私だと写真を介してとかになるのだろうか。
 主観だけど70代になってからこれをやると辛いかもしれず、60代前半で良かったかもしれない。60代前半なら最後にもう1回、新たな何かに取り組めることもできるかもしれないからだ。70代だと、これの延長線上に何かもう1回とかになると思う。
 その1回は、ちょっと始めてみました、という意味ではないが、たぶん何もせずそのまま流れ朽ち果てるのが私だけど、その可能性を持ちながらラストまで行くのが良いのかも。
 ま、なにはともあれ、このスキャンを終わらせようね、だ。今年のクリスマスには終わったら良い。

最後の正月餅

 正月はけっこう餅は食べた方だけど、それでも余ったのに少しカビが生えたというので、そこだけ削って最後の正月餅を食べまくったのが今日。大晦日から10日も経てばカビも生えるだろう。
 毎年大晦日には地元の餅屋で仕入れてくるも、いつも空いていたのが昨年の大晦日に限り大行列となって整理券を配っていた。コロナ禍で在宅が増え、せめて餅ぐらいちゃんとしたのを、と思った家庭が多かったのだろう。
 いろいろな餅の食べ方があるけど、いつも適当にちょこちょこ食べるのなら磯辺巻きが一番飽きない~。

 何故餅にカビが生えるのでしょうか?と学校の先生が授業で聞き、じーちゃんから教えてもらった通り「早く食べないからです」と答え先生に叱られた三遊亭歌奴の落語を思い出した。

1982年の清里

1982年9月の清里の写真。
 スキャンした画面開いたらびっくり、なんだこの写真?データーを見たら赤外線フィルムとあって、なるほど。Rフィルターを付けて意気がって撮っていたバカさ、いや若さゆえかも。
 インフラレッドだとインパクトある写真になる時もあるが多いと飽きるし、また、そのように見えて撮ったわけではないので、自分の写真ながらも他人が撮った印象を受けることもある。長時間露光で動体を流してしまうのも、そのように見えてないところでは同じなのだが、ちょっと同一視できないところがある。

 荒井由実の中央フリーウェイをリアルタイムに聞き、スカイラインがケンメリからジャパンの時期に青春を過ごした、つまり今は還暦を過ぎたじーちゃんばーちゃんにとって、この「清里」は青春の聖地とも言える(そお)。
 清里は、東京と大阪の真ん中辺りに位置するので、確かに車のナンバーは東西入り乱れている。
 その聖地のシンボルはなんと言っても「清泉寮」だ。別に泊まるわけではなく、そこで売っているソフトクリームを食べるのが清里でのメインイベントだ。美味さなんでどうでも良く、清泉寮のソフトクリームを食べた、というのが重要である(のはず)。味で言えば、群馬県の神津牧場のが日本アイスクリームベスト3に入り、関東では一番だと思うが、アイスクリームオーソリティのご意見は。