36.4度

 昼頃に車ででかけた時、車外温度計は41度ぐらいになっていて、おおー。帰宅してすぐさま窓を全開にした。しばらくして洗濯日和チェック温度計を見たら、36.4度。体温と同化しているよ。
 コーヒーを淹れたりタバコを吸う時にはそのリビングへ行くのだが、それはとても命がけの行為である。クーラーなんぞをかけずに室内にいる年寄りが熱中症になってしまうのが良く分かった。
 
 こんな天気は20日まで続きそうだが、屋外で仕事をしている人は大変だ、それもマスクしなければいけなかったりして、ホントご苦労様と言いたい。

お初ガイジンと英会話

 例の北海道の流氷ネタの再掲だけど、道南から道東へ向かったので夜行急行で行った。「北見」かな「網走」だったかな?刑務所へは行かずそのまま乗り換えてサロマ湖畔にあるユースホステルへ向かったのが最初の道東1泊目のサロマ湖ユースホステル。
 岸辺に置いてあるボートのすぐ先は湖だと思うのだが一面真っ白。翌日は網走市内をブラブラして斜里からヒッチハイクしてウトロへ向かうその途中を車窓からパシャリパシャリ。かの辺にお住まいの方々には申し訳ないが、やはり期待して見る流氷はただの真っ白にしか見えない。
 その後、南下して泊まった屈斜路湖ユースホステルが居心地良く、なんと2ヶ月後にもまたそこへ行くためだけに北海道へ行った。1997年3月の後の5月にだ。文教大学教育学部1年生、学業の方は良いのか?

 行けば、宿泊代は払うも宿の掃除や洗濯などを手伝うと昼飯をゴッチになれたりするので、同じように、せっかく北海道に来たのに大した目的も持たず居心地の良い場所にダラダラとそこに滞在しているクラゲみたいな知り合いや友達が少なくない。
 夏のハイシーズンよりも、どうでも良いような時期になるとこういう「種族」を散見し、自然とそれを共有して同化してゆく自分がいる。たいてい一人旅で、多くても二人だ。三人以上は皆無。
 クラゲ3人で食事をしているテーブルや食器、または背景の内装など、ほんと昭和テイスト満載キングの安宿、ユースホステルだ。若者にとって2食付きは最重要宿泊条件となり、ゲストハウスなどのない当時、最安値の民宿が例えば4,000円とするのならユースホステルは3,000円。当時の「ヤングトラベラー」からすればこの1,000円は大きい。

 結局、GW12日間をフル満タンで使うも屈斜路湖にいたのは10日間。どこも見ずそのために行ったようなもんだ。
 帰路も夜行列車で南下し函館辺りのユースホステルに泊まった時、生まれて初めて英語でガイジンと喋った。今でも名前を覚えていて、高校教師をしているシーガルというアメリカ人の先生だ。こちらは高校を出たばかりの英検3級の18才、会話になるの?だ。
 一人旅をしていて日本語も通じず寂しそうな感じだったので、英検3級で話しかけたら意外と通じて仲良くなり食事や風呂も一緒に入り、その後部屋に戻ってもずっと話をしていたのが記憶に残っている。
 高校教師だったので、その教え子のアメリカの若者の恋愛の仕方や考え方などを聞いたりして、英検3級の大学1年生、頑張ってんじゃん。もちろん、難しい単語も少なくなく、「ホワッツ、ミーン、ディスワード?」の連発は当然だが、さすが先生のシーガル、分かりやすく再説明してくれて良く分かった。
 北海道くんだりまで着て実践英会話教室ができるとは思わなんだ。ガイジンなんて言葉が分からないから話なんてできないと思っていたけど、英検3級でもイケるじゃん、とその時思ったのがファーストインプレッションだった。
 英検3級を80点以上で合格できれば、それなりに会話はできると勝手に思った。今、頭の中はスペイン語に入れ替わってしまい(オツムのキャパが足りていない)、英語は限りなく忘れてしまったけど。

1977.3.12-4.2 北海道 / 石北本線 KR
1977.3.12-4.2 北海道 /能取湖 KR
1977.3.12-4.2 北海道 / 知床 ヒッチハイク KR
1977.3.12-4.2 北海道 / 知床 ヒッチハイク KR
1977.4.27-5.9 Nikomat FT2  KODAK 屈斜路湖YH

喫茶店のメニューの写真

 おそらく個人的に一番恥ずかしい写真ってこういうのではないかというのを、昔の写真だからと言いながらアップしてしまうのってM(エム)入ってんのか?
 「チーフのナカジマクン~、一眼レフカメラを持っているのならうちのメニューの写真撮ってよ~」と、バイトしていた喫茶店のマスターから言われたのが、1979年の大学3年生の時。
 商業写真の技術がないと、かくもこういう写真になるという見本中の見本であるが、その稚拙過ぎることは撮った当人が一番分かっているのでここでは置くとする。
 カメラは、Nikomat FT2 + Nikkor 105mm f2.5。

 それよりもこんな感じのを作っていたのだと思い出した。
 最初のは10時までのモーニングで、コーヒーのみの値段で400円だったかな。今思うとずいぶんと豪華だった。コーヒーミクルの小さなカップが昭和だ。カップの把手とスプーンの置き方は合っている。
 2枚目は、今はもうないと思う「パフェ」のミックスパフェ?。
 リンゴの扇型カットは、何個かのリンゴを調理場に持ち込んでかなり練習をした。
 後年、チューブ状の生クリームが業務用として売り出されたが、当時は仕込み時間に私が作っていた。緑の乾燥ゼリーはアンゼリカ、ミカンは缶詰めのでマンダリンと称していた。
 3枚目は、ピザトースト。
 ずいぶんとド厚切りだけど、これを売りにしていたような記憶があり、価格はピザトーストの標準的な価格にして450円ぐらいなので良く出た、つまり沢山作った。当時ピザなんてイタリアン系の専門店ぐらいしかない。こういうのばっかり作っていると、ピザはサラミが付いているもの、と思ってしまう。←たいていの60才以上のおっさんはそう思っている可能性大。

 店の目の前が書店だったので、毎月「カメラ毎日」を買ってカウンターの中で良く読んでいて、巻末の広告も見ながら夜間の写真学校でも行ってカメラマンを目指すか、なんてよこしまな考えを抱き始めていた頃のはなし。
 

ウナギの食い納め

 うなぎの折り詰めをカミさんが買ってきてくれ、今年初めてのだけど、もともとウナギはあまり食べない、いや食べに行かないのだ。好きだけど。
 年に2回ぐらい友達同士で「うなぎの会」とかがあって、そのご相伴として食するので、年に1回か2回ぐらい。
 美味いウナギ屋というのもあるが、たいてい郊外にあるので車で行かねばならず、すると酒も飲めずに40分ぐらいじっと待っているのは苦行の何ものでもないものになる。また、何故かウナギ屋の店内って静か過ぎるのが多く、飲みたくもないお茶をズズッとすすって静かに待つのはお通夜っぽく余計辛くなること多し。
 何となく折り詰めのを自宅でコップ酒と共にやる方が私はマイペース的で好きですな。
 次回ウナギが喰えるのは来年の今ごろなので、今日が今年の喰い納め?

ウナギ

猫パコスーツケース

 MRIの検査を聞きに行こうと部屋の戸締まりをしようと思う時に限って、猫パコがいない。冬場なら寒いので居場所は限定されるのだが、夏場は好き勝手にあちらこちらにいるので良く分かんねー。
 5分ぐらい探して、あっ!と見つけたのが、足下にある虫干しで開いてあったスーツケースの中にいた。内張が黒だから分かんねー、鳴けよー。
 相変わらず猫は段ボールとかこういうスーツケースが大好きだ。

 慌てて医者のところへ行き、診断を聞いたら「セキツイカンキョウサクショウ」と言うので、「センセ、それ日本語?」と言ったら紙にメモしてくれた。脊柱管狭窄症というらしい。
 さらに、ギックリ腰というのは病名ではなく症状名と言われ、目からウロコ。
 何かの拍子で腰が痛くなる総称で、その中にいろいろな病名があるとのこと、なーる。

 MRIをとったのは6年前と同じ病院なので、その後の経過も知らせてくれてとても親切だ。その時診断された軽度の椎間板ヘルニアも小さくなっていて問題はないとのこと。
 で、今回のその脊柱管狭窄症は軽度だけど、老化が要因なので治療法はなく無理をせず病院伝授のストレッチをして手術必要にならぬよう、いたわりながら末長くお付き合いしてゆく病気で~す、などと他人事のようにセンセから言われた。
 こういうのは何かの拍子でまた痛くなることもあるのだけど、その拍子は沢山あり、またその原因も程度も沢山の個人差(個体差)があるとのこと。
 でも老化ならしょうがないな、と妙に納得してしまう私。あ、そ~。

 これからカメラの機材バッグなどを持つ時には意識しないとね、と思うも、今年はコロナ禍ゆえに仕事のキャンセルが何十もあって、そんな荷物を持つ機会なんてねーよ、とぼやくと。

猫パコ