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ビルアトキンソン拝啓、ビル・アトキンソン様!

 昭和が終わり年号が平成になった1989年は、ワープロが全盛でパソコンはまだまだパーソナルになっていなかった。私は東芝ルポJW-300Dを愛用し、パソコンはMSX2、ファミコンはスーパーマリオが流行っていた。

 山積されたネガやベタの整理の必要性が出てきたのでデーターベースを使いたく、友人の勧めでNECのPC-98VMを購入しようと思っていた。12インチ16色カラーモニター、データーベース「カード2」、プリンターを入れて270,000円ぐらい。
 そんなある日、あるクライアントの事務所に行ったら、名前だけは聞いたことのあった「マッキントッシュ」が置いてあった。誰も使わないとのことなので1週間ぐらいのつもりで借りてきた。

 先述のPC-98VMの関連マニュアルは電話帳ぐらいあり、それが何冊もあって体積からすればPC本体よりも上回っていた。そんなところにこのマッキントッシュPlusについてきたのは、少年マガジンぐらいのマニュアルが1冊だけ。
 モニターは小さな9インチだしモノクロ2色だし、どう考えたって大きくてカラーのモニターの方が良いに決まっている・・・と思ってスイッチを入れて適当にマウスで遊んでいたら、あれよあれよと操作を覚えていって、気が付いたら数時間も経っていた。ハードディスクはなく、2DDフロッピー1枚がシステム。漢字Talk2だった。ウヒョー懐かしい。
 こんなに面白いモノが世の中にあったのか!と思い(アホだね)、翌々日にはそのplusを返し、その足でキャノン・ゼロワン・ショップへ直行した。
 当時パソコンショップは少なく、あったとしても素人がいきなり行って買うのには憚れるような独特な雰囲気があった。「お兄さん、勉強してから来てね!」って感じ。ましてマッキントッシュの置いてある店なんて当時の秋葉原でも数件しかなかったし、通販もまだまだ一般的ではなかった。
 Plusは製造中止になっていて、SE、SE/30、II(英語のみ)の3つのラインナップがあった。値段は45万、75万、100万・・と店員は気楽に言い放った。おいおい、車買いに来たんじゃないんだよ!と思うくらいの値段だ。一番安いSEだってPCの倍の値段だ。誰かが言っていた「マッキントッシュは、パソコンのキャディラック!」を納得。
 しかし頭がマックドーパミンで一杯になっていて、とにもかくもマックへの欲望が最重要優先項目になっていたので、その場でSE、File Maker II、Image Writer、2Mメモリを買った。合計65万。少なくともアルトが買える値段だ。

 当時、彼女がいて週末になればそれなりに彼女のアパートとかに通っていたのだが、SEを買ってからは出不精になり毎日徹夜モードでSEと遊んでいた。今思うとこっちの方が不健全だったと思う。
 違法コピーとかも当時マックのにもあったにはあったけど、マックを持っている人が限りなく少なく、あったとしても殆ど英語版だったので違法コピー行為以前の話だった。PageMakerがアルダス社で、Mac Write IIやKatanaが元気だった頃。

 それでもマックが楽しかった一つの要素に「HyperCard」が無料バンドルで付いてきた事は、昔からのマックファンに異存はないと思う。
 今だと「ClarsWorks」→「AppleWorks」がバンドルされているけど、HyperCardの前はMacWrite(ワープロ)とMacPaint(ペイントソフト)がバンドルされていたそうだから昔に戻ったと言えるかもしれない。
 どんなソフト?との質問にみーんな明答に困ってしまうのは、このHyperCardを置いて他ならない。どういうものかについては、より造詣の深い諸先輩のサイトにお任せするが、少なくとも何をする為とかではなく、真っ白なキャンバスに好きな絵を描いてゆくような自由な面白さが何よりもの魅力だと思う。

 HyperCardもより多彩な機能を追加しバージョンアップにより進化して行くのだけど、バージョン2以降になってからは初期のような人の温もりを感じるようなデザインを捨ててしまったのは残念である。
 またバンドルも「HyperCard Light」となりフルバージョンは市販となり、最近は、ただスタックを見るが為だけの「HyperCard Player」になってしまったのは寂しい限りである。因みに「HyperCard Light」は、設定画面でのメッセージウィンドウに「magic」と打ち込めばフル機能になる隠しコマンドがあって私達を喜ばせてくれた。
 HyperCardをより操作、創作してゆくのに、HyperTalkというプログラム言語があるが、これが非常に英語に似ているので(go to next cardとか)、プログラミング等理科系に弱い私でも抵抗なく入口だけは入れた。
 これら作る人の個性が出たりして、私はイラスト系が好きだったけど、友人は現金出納帳などの表計算ソフトみたいなのを作っていた。HyperCardで作ったのをスタックと呼ぶ。

 そんなHyperCardを作ったのが、ビル・アトキンソンという人。
 ジョン・スカリーやスティーブン・ジョブスは有名だけど、このビル・アトキンソン氏、知る人ぞ知るところでは誰よりも有名な人だと思う。
 今ではなくなってしまったけど、バージョン1のモナリザの写真マウント「Slide Show」の中に氏の顔のイラストがあった。

ハイパーカード


 上記を記したのは、MacOS X 10.3 Panherが出た2003年ぐらいだと思う。
 2011年、サイトのリニューアル中にこのページにさしかかり、HyperCardの基本OSであるMacOS 9(漢字Talk)のサポート終了から10年経ったのに気付いた。
 ちょうどMacBook Air(Lion)を購入し、2004年から使っていたiBook G4(Panther)が引退するのを契機に、Classic環境からHyperCardを立ち上げて、当時自作したホームを記念にキャプチャーした。

ハイパーカード

 1993年11月だから独身最後の1ヶ月ぐらいで、マックはMacintosh IIci、OSはまだ漢字Talk 6.0.7、HyperCardのバージョンは J1-1.2.5。
 これから自分用のHyperCardにカスタマイズしてゆこうとしている段階のだが、ここで作業が止まっているのでどうやら途中でメゲたようだ。

 2007年10月にリリースされた MacOS X 10.5 Leopard によって、中古のMacを買わない限り HyperCard を見る事ができなくなった。

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