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日光街道写真駅伝/Carretera de Nikkoh

 今回は初めてグループ「あっぷる」として共同製作に挑戦し、日本橋から日光鉢石までの日光街道22宿を10の区間に分担して撮影。
 私は、越ヶ谷宿(越谷)と粕壁宿(春日部)を担当。

アイデムフォトギャラリー「シリウス」 2004.10.14-20

 学生の頃に住んでいた越谷と、良く遊びに行っていた春日部へ、久しぶりに訪れてみれば変ってしまったところと全く変っていないのとが強いコントラストを帯びて共存している町になっていた。
 東口に旧市街地が多いこの沿線、近くに元荒川が流れているからだろう。
 急速に変りつつある西口と、川の流れに沿うように変ってゆく東口が対照的で、懐かしさと時の経過を楽しませてくれた2つの町であった。  
会場配布パンフレットから

 日光街道は、1617年、徳川家康の墓を久能山から日光東照宮に移したことから、
将軍家の参詣道として日光東照宮へ至る街道として設立された。
 江戸時代の五街道の一つとして、日本橋から日光東照宮まで21宿、140kmの街道である。  

日光街道21宿

日本橋千 住草 加越ヶ谷粕 壁杉 戸幸 手栗 橋中 田
古 河野 木間々田小 山新 田小金井石 橋雀 宮宇都宮
徳次郎大 沢今 市日 光「越ヶ谷」「粕 壁」を担当

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