電車
「それで富士子さんは敗戦後
母親と一緒に南米へ逃げたと思う」
中国人ゴードンは
どうです? というように
私の瞳を覗き込んだ
日本人に会う度に
繰り返して来ただろう話には
少し脚色の様子も見られたが
骨董屋の老人には
富士子さんはまだ骨董になっていない
それどころか思い出はますます光の粒子を発散し
清時代の鏡に反射して
部屋が青ラメ色に光っている
「富士子さんんはマイ・ファースト・ラブでした」
店を出る時ゴードンは
足を引きずって出口まで見送りに来た
奥の籐の椅子に誰か座っている気配がした
私は扉をゆっくり閉めると
夕刻の運河沿いの道を
咳き込みながら歩いた
青ラメ色の粒子が
ゴードンの魂のかけらのように
大気に吸い込まれて消えて行った