薄闇の中 男は音を立てずに身支度を整えた すこし開いたザックから 薔薇のろうそくの匂いがした —昨日のリンドウやホタルブクロの噂話は あれは本当のことだった 布団から頭だけ出したわたしは 「いま、お帰りですか」 と訊うてみた ヒゲの男はうなづくと ザックをしょって右手を振った 窓越しに 火口に沿って歩いて行く 男の姿がボンヤリ見えた やがて曙光が 火口の縁を染めた時 男の登山靴のヒモが 黄金に輝いた 何も無かった 明け行く大気が 周囲を包み また休火山の一日が 平和のうちに訪れたのだ