中国語のお勉強

 

【 書 籍 】  『簡化漢字一夕談』 | 『雨がホワホワ』 | 『小故事大智慧』 |

■ 『雨がホワホワ』

『雨がホワホワ』 通う地元の中国語教室のお友だちに勧められたので購入(2011.2)。タイトルが面白く、初めて相原茂先生の名前を知った。
 他同著『あ、知っている中国語』、『最大効果の中国語勉強法』、『中国語の学び方』などがあるが、いずれもエッセイ集である。ただ、上から目線ではなく、自分が昔学んでいた頃の苦労話や失敗談などがもりだくさんで、より身近に感じながら読むことができる。
 そして、ペラペラと読み終わった後日またペラペラと読み直し、「あ、こんなこと言っていた」などと相原先生のアドバイスを改めて発見したりするのが楽しいエッセイ集である。アマゾンなどの中古だと安い。

『雨がホワホワ』 相原茂著 現代書館

■ 『簡化漢字一夕談』

『簡化漢字一夕談』 中国語を初めてから少なからず簡体字には違和感があった。繁体字から簡体字へ変換は、『中国語学習ハンドブック (相原茂著 大修館書店缶)』などから、10ぐらいの方法があるというのを知るぐらいであった。

 この本は3部構成になっていて、1部は簡体字への文字改革委員会のリーダー格な葉籟士氏が対話形式にて簡体字の良さを述べているのを神田先生が和訳しているが、序章的に50頁しかない。圧巻は、神田先生による簡体字の歴史とその仕組みについての2部と簡体字表の3部である。2部も80頁ぐらいだけど。
 これによると、簡体字の70%は古典書籍に異体字、俗語などと分類されていた既存のものであるとのこと。「气」、「丽」、「云」などは後漢の許慎の『説文解字』にある、とあってびっくり。少し簡体字への違和感が和らいだ。
 しかし、残り30%の中にはどっから見ても漢字には見えない、「书」、「车」、「长」、「头」などがあるが、これは草書を楷書化したもので、1930年代に銭玄同が作成したとのこと。え、銭玄同と言えば、魯迅の作品集「吶喊」内「自序」にて、実際に魯迅に小説を書くように薦めた人だ。おまけに魯迅と一緒に中国文学革命の核となる雑誌『新青年』のスタッフとなり、かつ同じく魯迅と共に章炳麟に学ぶ。で、章炳麟と言えば「三字経」のバージョン3を民国時に作った人だ。
 草書を楷書化した簡体字は見づらいけど、そうかぁ、これらは銭玄同が作ったのだぁ、とそのいきさつを知り、かなり簡体字への違和感が薄らいだ。
 この本にはびっくり!お勧めしたい本だ。

『簡化漢字一夕談』 葉籟士著 神田千冬訳編 白帝社

■ 『小故事大智慧』

『小故事大智慧』  台湾には仏教系にしろキリスト系にしろ色々な宗派の寺院や教会があちらこちらにあり、少なくとも日本よりもそれらが目立ち、台中にいた時にはモルモン教やエホバの証人などの人達からしょっちゅう声をかけられたりしたので何処かしら台湾は宗教に関して寛大なのかもしれない。

 15年振りぐらいに鹿港の龍山寺を訪れた。
 壁に囲まれた正門を入って中ほどの左右に外に出られる小さな通用門があり、その左右に本がぎっしり詰まった書棚がある。この寺の信者とか檀家の人の為のものかと思っていたら、誰にでも無料配布の本と聞いて貰ってきたのがこの『小故事大智慧』という本だ。
 ここ龍山寺に限らず、あちらこちら大きなお寺に行けば、こういうコーナーがあったのを思いだした。

 内容は儒教の教えを元にし、『論語』等に出てくる人達や儒教を国教とした時代の士大夫、読書人などをモチーフにしている。孔子や子路などに留まらず、宋代の詩人、黄庭竪も出てきた。
 読者対象は小学校の低学年、または親が読み聞かせるのなら幼稚園児ぐらいだと思うのは、それほど辞書を引かなくても済むような平易な文章で構成されていて、だいたい1頁で終わってしまうからだ。さすがに人名等の固有名詞は難しいのが少なくなく辞書のお世話になることもしばし。またあまりにも内容が短いので、事の起こりの詳細がない場合が多く、おませな子供から「なぜ、こうなったの?」の突っ込みもあるかもしれないが、そういう時には読み聞かせている親が各自の注釈を入れるようになっているのだろう。
 考えてみれば、文字が縦書きというのは世界広しと言えども現在ではかなり少なく、日本と台湾、そして香港ぐらいなので、そんな縦書きの外国語を気楽に読めるのも楽しいと言えるかもしれない。

 しかし、鹿港の龍山寺は浄土真宗のお寺なのだが、その境内に何故にして他宗派的な儒教の本が置いてある。中国の歴史を鑑みればどんな宗教でも儒教を素通りすることはできないところもあるのだが、それにしても敢えて他宗のをというのが不思議である。たまたま書棚に埋まっている本の中から取り出したのがこれだっただけであり、他は仏教色豊かな本なのかもしれない。
 もっとも下巻になると台湾のことなども出てくるので、儒教一辺倒とは言えないかもしれないが、次回の訪台、機会があれば確認してみたいところである。