台湾中華民国/台灣旅行中華民國

 

旧友、黃承富

 数日前、携帯が鳴って出てみると「え・・えぇ・・コウですぅ・・」。
  2012年5月の事。

 台湾のはんちゃんの会社に行って、数人の社員と名刺交換をしたら全員の名字がコウ(黄)だったので、その一人かなと思ったが、それならあらかじめ先にはんちゃんから連絡があるはずだ。
 もしかして旧友の黄承富氏?、と返答したらベラベラと英語で喋りかけてくるので「あいやー、すげー久しぶり、20年振りぐらいじゃない?!でも、承ちゃん〜、誰に電話してんだよ?英語なんて分からないよぉ。日本語かスペイン語で喋っ・・あ、そうそう、今中国語勉強しているので中国語でも良いよ〜」
 日本語での返答があったけど、ずっとアメリカ → カナダ在住なんで日本語なんて忘れてしまったようだ、全然意味が分からない。
 拙い中国語で、メールちょーだい!と伝える。

 メールが来て、来週日本に来るから会いましょ。
 二人の子供と奥さんと一緒に我が家に遊びに来た1994年が最後だから、18年振りだ。
 彼の投宿している銀座のホテルに早めに着いたので入り口で一服していたら「あれ〜、ナカジマサン〜」。あれ、彼の奥さんだ。なんだ、一緒に来日していたんだ。

 聞けば、長男の結婚式を日本でやるので来日、その後台湾の実家へ行くそうだ。
 ルートを聞けば「羽田〜松山だよ」
 「そりゃぁお金持ち路線だよ、貧乏人は、成田〜桃園ね」
 昔は、こんなことをスラスラと日本語で喋っていた承ちゃんも日本語が出てこなくて中国語で喋っていた。

 結局、近所のドトールで3時間ぐらい中国語で喋っていたけど、これは非常にタイミングが良かったからだ。
 1) 二人の共通した話題
 2) 難しい用語は筆談
 3) 他愛のない話題のみ

 一番聞きたかったのが、台湾の飲み屋。
 「バーとかならあるよ〜」
 「そうじゃなくって、日本の居酒屋とか分かる?中華の大皿料理を食べながら飲むのじゃなくてツマミ(小酒菜)が出てくるヤツだよ」
 「あるよ〜」
 「コンビニで酒を買っての持ち込みとかじゃないよ」
 「そうそう、同じく居酒屋と言うのだけど、永康街とか金華街の夜市ならそういう店が多いよ。士林夜市とかは殆どないけどね」
 場所を聞けば、中正記念堂から徒歩15分ぐらいのところなのでタクシーでビュー。7月の時には是非行ってみよう。

 承ちゃんは同じ歳で誕生日が1日違い。
 最初に会った時にはお互い20代後半だったので、ずいぶんと突っ張っていたなぁ、と思ったのは、今回会ってお互い丸くなったのを感じたからだ。りっぱなおじさんになった訳だ。
 その頃の私達はこんな感じだ。↓ 今は、おでこの面積が同じになった。

  • 1990年7月、承ちゃんと写真展会場の新宿オリンパスホールにて。
    当時は会場内喫煙OKで時代を感じさせる。当時32歳。

  • 翌年の1991年、台湾のJAZZ画廊にて「差異視點」開催。
    台湾は暖かくて良いが、まだ台湾料理には慣れなかった。

  • 彼の友達と一緒に台北市内にあるオールドファッションの居酒屋にて。