何故かフィーノに

 スペインのアンダルシアの亡くなったパコ(うちの猫パコではない)、そしてブルゴスのサンジョからもらったワインは、勿体なさ過ぎて大事にとっておいたら20年後ぐらいになってしまい、ワインはフィーノに変身していた、というのが、ちょっと前に記した事。
 
 それでもフィーノは好きなので、茶こししてからちょくちょく飲んではいたが、パコのは自家製なので、数本ボトルラベルもオリジナルになっている。
 これは「遺作」として残したいよな、ボトルのままで、と思うも、長期放置からのフィーノなので澱とかのカスが沢山沈殿し、コルクも殆どボロボロとなり底にサブマリンしていたので、洗ってそのままというのは難しくなった。

 上部をカットして残しておくのも再利用として難しいので、ラベルだけ剝がして保存+スキャンとした。
 が、このラベルってインクジェット出力とかで、モノによってはボンドで貼り付けたりしてあって、剝がすのいと難しや。
 貼り付けタイプのインクジェット用紙のは、ドライヤーで熱してすぐ剝がせたが、ボンドのはちと難しかった。
 最後は、そのまま湯に浸けてからボロボロ的になったのを剝がした。 → 乾燥させてからスキャンしてボロボロ観を修正、の予定。

 ボロボロのラベルは1993年作成のもので、新婚旅行で行った時に「来年作るから、今度来た時にあげるね」というのをその3年後にカミさんと一緒に再渡西してもらい受けたものだ。
 今思えば、その時にすぐ飲んでしまえば良かった、と後のカーニバル。

 20年近い時を経てフィーノに変態したからか、スペインで飲んだフィーノより、まろやかで風味があって美味いと思うのは、気分もあるからか。
 見れば、娘が生まれたのでそれ用に作ってくれた2001年のもあるけど、ごめんねパコ、まさにその20年後に飲んでいるという訳だ。Rosaso(赤)と記してあるけど、今やOro(金)だよ。

粥とボジョレー・ヌーボ

 日時は前後するけど、昨日早朝起床時から腹が減っていたので粥を作った。
 最近、好みの粥を作ることがやっとできるようになり、なかなか早朝粥が楽しみで、台湾・中国での早朝看板で言えば「早餐・粥」みたいな感じだ。←10年以上、同じ釜で粥作っていて分かんなかったのか、アホ~。←強いこだわりと探求心がなかったようだ。

 気にせずダイヤルを20分にしていたのを15分ぐらいにしたら、おおーッのお好み粥ができた。お好みというのは、台湾や中国のホテル朝食ででてくる感じの粥で、思えば、日本のホテルのも同様だった。
 タラコやシャケを焼いて、塩昆布や梅干しを乗せてサラサラ~。
 新米は粥にしても美味く、米の香りが漂うのがナイス。ただ、たまたま台湾とかに行っていたから馴染みのある粥となったけど、通常では、粥を喰うというのは年明けの七草粥くらいなので、我が家族で喰うのは私ぐらいだ。
 私のように在宅で昼間だれもいないとか、一人住まいだと良いかも。

 粥喰って換気扇の元で一服プハァ~していたら、ピンポン~。
 近所に住む親戚が、ご丁寧に毎年この時期になるとお歳暮替わりとして、酒屋直送でボジョレー・ヌーボを届けてくれる。私の好きなスペインワインが1本おまけについて、今年は、おまけのおまけか、果汁100%のみかんジュースがあった。多分に娘へだろう。
 私の知るオレンジジュースで美味いと思ったのは、スペインと台湾、そして日本にある「フレッシュネスバーガー」のだ。
 が、これはオレンジジュースではなくて「みかん」のジュースだ。
 ちょこっと飲んでみたけど、これはオレンジではなくみかん然としたジュースで、美味い!初めて飲んだかも。でも、瓶とかに入っているので高そうだ。常飲できるほと裕福ではない我が家庭なので、こんな時ぐらいかも。
 沢山飲むと娘に怒られるのでちょこっと飲んだ。

 ボジョレー・ヌーボはカミさん用だが、カミさんもチビチビ飲むので、結局余ってしまい夏を越えた1年後に飲むと、フィーノ(Fino)っぽくなっているので、来春辺りにサポートしなければならない。

吉野屋の朝定

 最近、ちょくちょく行っているのが吉野屋の朝定。
 ブランチ的に朝定が終わる11時前辺りに行き、いつもの納豆目玉焼き定食を頼む。
 付属の「納豆のタレ」にも慣れたけど、全部入れるとしょっぱくない?私だけ?薄めが好きになったのか?1/3入れたら充分になった。
 
 他牛丼屋の朝定はどこもバラエティがあって良いのだけど、「松屋」は駐車場のある店が遠く、「すき屋」は目玉焼きがない。ただ、「すき屋」のは、生卵なので、より早朝だと行く時がある。

 あれやこれや主夫の買物を済ませて戻ったら、本が届いていた。
 先に読んだ『カール・マルクス』は良かったのだけど、時代を上がり過ぎてしまって「資本論」ができ上がった辺りで終わってしまった。
 ブルジョアジーの資本主義に抵抗するプロレタリアート(雇われ労働者等)の意味は分かったけど、最初、なんで反資本主義なの?と思ったのは、現在の日本を見ていたからで、その当時の欧州の政治や社会情勢を鑑みれば、そのブルジョアジーは封建制度や大地主制度等の意味合いが強く、なるほどねぇ的だった。
 
 が、本はそこで終わってしまい、レーニンやスターリンまで行っていないよ、ということで、続編的なのをポチッしたのが『ロシア革命』。最後の方で当時の中華民国への接近が出てきたら嬉しいところ。
 マルクスとかレーニンとかの本を読むとは思わなんだ。大学の授業等で必要でなければまずは読まないジャンルの本だね。

今更、Big Surをインストール

 Montereyがリリースされたので、「システム環境設定」から「ソフトウェアアップデート」経由で、CatalinaからBig Surへと思ったら、ひと足遅く11月辺りから、Montereyになったしまった。

 「macOS の起動可能なインストーラを作成する方法」
 https://support.apple.com/ja-jp/HT201372
 
 から、インストーラー用のUSBメモリーを作り、TimeMachineで事前のデーターをバックアップし、インストールを始める。
 
1) そのUSBメモリーを差し込んだまま、起動ボタンを押し、起動音が鳴ったら、optionキーを押し続ける。
2) インストール用の画面が表示される。
3) Big Surのインストールボタンをクリックして希望するHDDへインストールする。
 ・・・が、何回やってもここの途中でエラー表示が出て、先に進まない。

 インストールするディスクは、内部では2つになっていて「HDD」と「HDD – Data」に別れているみたいなので、いずれも消去してみた。
3) では、先に「ディスクユーティリティ」にて、その2つのHDDを「消去」。「ボリューム`
の「-」ではない。
 その後、Big Surのインストールボタンをクリックして無事、インストールができた。

 MacBook Proには、何故か「HDD – Data」が2つもあってあれれ?バー表示の青色の使用済みの少ない方を消去した。

オニオンスライス+ツナ缶

 バイオリズム的にややウツ期に入ったとか少し嫌な事が続いたりすると、その回避行動として定番の酒を飲む以外に、読書や映画映像鑑賞などがあったりするのは私だけ?
 読書と映像映画などはそこに没頭でき、そこに逃避することができるからなかなか良い。
 
 早めにベッドに入って1時ぐらいまで読書をして、さて寝ようか、という前にちょっと見てからとyoutubeの「スカッとする話」系のを見てしまったら、止まらず、気がつけば雀のチュンチュンタイムになっていた。
 ドラクエとこの「スカッとする話」は止めどないので危険な遊戯となっていて、一時、チャンネル登録を解除して封印していたのだが、最近また復活してしまった。止められない、誰か止めて~というやつ。
 最近は、「進撃のミカ」や「七夕ドロップ」などのYoutuberを良く見ている。
 高学歴マウントDQN上司が低学歴の新人/派遣社員をマウントして卑下するのは見飽きて(殆ど見た?)、最近は高校生モノがほのぼのだ。
 当然、共学の公立高校が舞台でそこのクラスメート等の男女の友情とか淡い恋の物語。
 たいてい体育館の裏で、というイベントがあり、ほのぼのシーンでは屋上でお弁当を食べるというのが多い。
 男女共学の高校とは言え、相対的に見て屋上で異性のクラスメートとかで一緒に昼食をとるヤツは限りなく少ないが、男子高出身の私からすると、その可能性があるだけでも羨ましく、デロリアンに乗って中学3年生の受験期に戻りたいと思うことしばしば。
 
 高校生なので、一応キスシーンとか包容は希少で、あっても手を繋ぐぐらい。それら全て遠い昔に済ませまくったじじー(&ばばー)からすると、その前の「純」の男女の恋愛や友情がとってもほのぼのし、そして燃え、じゃなかった萌えて、いいなぁとベッドの上でしみじみ、ほっこり。心は癒されるけど体はドローンと眠い。

 翌日は飲んですぐ寝ようと、カミさんにワインのツマミを頼んだ。
 その一つは、前述の和風オニオンスライスの洋風版で、+ツナ缶。聞けば、ツナ缶のをペーパータオルの上において油を抜き出し、その後にオリーブ油を垂らして柔らかくすると取り急ぎ南欧風になるようだ。
 スペインではオニオンスライスは見なかったけど、オニオンぶった切りは良く見かけた。
 見た目、猫パコのゲロにも見える盛ったツナを一瞬で払拭させ、食べ始めれば気にならなくなる、という一つの儀式があり、それはツナとカニカマである、私の場合。後者のカニカマだけは払拭できず、いまだ結界破れず食せない。カニカマは以前の猫ルルデが大好きで、ゲロもカニカマの赤いスジが混じっていて、オゲーッ。

 と、話はグロ系にローリングストーンズになるのだが、実際に猫にしろ犬にしろ人間以外の動物との共存では、こういうグロ系と癒やし系は意味もなく混在し、これらを包括するような気にしない飼い主になるのが現実である。
 分かりやすく言うと、カレーを喰っているところで猫パコがウンコをし始める。
 しかし、飼い主は、モルシージャ(スペインの黒いソーセージ)で一杯やっている時でなくて良かった、と思うように逆飼い馴らされてしまっている。
 お互いを認め合う共存は大事だ。