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ボデガス・デ・パコ amigote Paquito

amigote Paquitoamigote Paquito 1996年、グァディックスに行くよ、ということを伝えるが為に、友人パコのところに電話をしたら、奥さんのパキーターが出た。
 パコは?と聞くと、一言「Murió(死んでしまった)」と。いきなり死ぬというこはないと思ったので、聞き間違えたかなと思ってもう一度聞くと同じ単語を言った。
 「出奔」とか「改宗」とか「飲んだくれている」とか別な意味があるのかと思って、辞書を調べたけど「死」としか記されていなかった。
 雨の降る高速道路でのスリップ事故だったらしい。享年・・・いくつだったかなぁ、65才ぐらいだったかな。
 自転車スポーツが好きで、ホテル・コメルシオのオーナーと趣味を同じくして親友だった。タクシーの運転手を定年退職して自適悠々だったのに。残念ながら3人目の孫を見ずに天使になってしまった。

 1999年、亡きパコの家を訪れたら、息子のアルフォンソがいろいろと家を案内してくれた。アルフォンソは、性格も顔立ちもパコそっくりだけど、職業が内科医なので、トンビが鷹だろう。
 パコの趣味工房兼物置に行ってみれば、生前パコが作ったワインが置いてあった。1993年、つまり私が結婚した年に作ったものだ。ハエン生まれなので「ハエンのパコ」と銘打ってあった。色からしてゴールドと記してあったので、Finoかもしれない。
 そしてパコが作りかけで亡くなったので、その意思を息子が継ぎ、親子合作のワインが別にあった。「El de la venta」。「売り物」の意味とは思えないので、「旅篭ワイン」とかの意味だろう。Bodegas de Paco、パコのワイン蔵というのも良いな。1997年、つまり娘凜が生まれた年だ。これらの符号は偶然か。

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 1本ずつプレゼントしてくれたのは思いの外で、とても嬉しく感激した。こんなのもったいなくて飲めないだろうなー、死ぬまで飾りかな。娘に託そうっと。
 無遠慮にも今度作る時には娘のも作ってよ!と言ったら快諾してくれた。
 ま、スペイン人の言うことだからあまり気にも留めなかったのだけど、今回伺ってみれば、なんと3本も用意してくれて、それこそ望外の喜びであった。3本あるので、娘の5才の誕生日にでも1本だけ開けて飲もうかと思っている。娘の写真は私のサイトからのだ。我が家のお宝が3本になった。
 ありがとう、アルフォンソそしてパキータ。

 中心地の側に住んでいたとばかり思っていたパキーター、なんとファルフォンソの裏山にクエバを作ってそこに住んでいた。グァディックスが一望できる高台にあり、夜の10時になってもさんさんと太陽が降りそそぎ、夕陽に照らされた街並を見ながらパキーターのクエバに行った。
 あまりにもデカいクエバなので、娘にこれが洞窟住居だよ、と言っても、どれが洞窟なのぉ?と、分かってくれない。部屋に入ってみれば、昔パコが愛用していた自転車が置いてあった。

 いつかパコのお墓参りをしたいのだが、ハエンからさらに車で30分ぐらい行った郊外にあるとのこと。「今度来た時にでも一緒に行こう。」とアルフォンソが言ってくれた。

amigote Paquito
パキーターのクエバをバックに。
2002.7.17 22:00
 
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