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さすがに文字装飾をしているのは見かけなかったが、読み上げ量が多いと聞くのに疲れるからとやたら細かく区切ったサイトもあれば、<p>、<br>なしの一気に流し込んだのもあったりでさまざまである。
見慣れてくると、<h?>で見出し、本文を<p>〜</p> で区切っただけの表示はなかなか見やすい。
矢印記号「→」を使っていたのを見かけたので、おそらく「ミギへヤジルシ」とか読み上げて効果的なのだと思う。
いろいろなページへリンクするも、肝心の戻るリンクがないのでそこで立ち往生してしまったhtmlも幾つかあったが、視覚障害者の人がここまでwebを作れたのだからと思うか、他の視覚障害者達への配慮も、と考えるかはいろいろだ。
その前に作った当人が迷わないのか?
■ バリアフリーへ
バリアフリーとは 障壁(barrier)を取り除く(free)ところかららしいが、webにおける共存は可能だけど、それなりの制約は受けるのも現実だ。
ここでは視覚障害だけを取り上げているが、弱視に対する色の使い方、または高齢者などによるマウス操作のしやすさなども考慮に入れなければ、真のバリアフリーとは言わないのだ。
そういう意味で私のは、なんちゃってバリアフリーです。
例えば、リンク個所で、1 2 3 はボタンが押しづらく、 1 2 3 とかのようにすれば良い。
それぞれが感じるカッチョ良いクールなレイアウトとのバランスを考えるとストレスも溜まるかもしれないし、まずwebを作っていて楽しい要素かどうかも疑問とも言える。
つまり、そんなことを知らずに勝手気ままに作ってしまった50MBぐらいあるサイトを全部最初から見直さなければならない天文学的な労力は、絶対に嫌だ!という女をその日のうちに口説いてホテルに連れ込まなくてはならないくらいの難業で、それなら別な女を探した方が簡単、いや、新たにそれ用に作る方が何かと都合が良いというのが本音なんだ。
素直に物理的に障壁は取り除けない、と白旗揚げるのもアリだと思う。無理は無理なんだ、というヤツだ。
しかし、棲み分けとしてのBFコーナーは、感覚的な障壁は取り除けたという共有感があり(そう願いたい)、それをどう思うかは、またはどうするかは、それぞれwebを作っている人が決めてゆくことだと思う。
視覚障害者にとって、見た目は関係なく、ソースが命。
ところで、読んで面白い文章かどうかは、これも別な次元である。
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