隣の男
カフェにひとりで入るのは
向かいの席に魂を置いて
薄墨色の世界で眠るため
今日は魂を置く前に
うっかり見てしまった
隣の男
私が十年程前に
心を奪われて読んだ本
三ページ目で突然
それは異次元と知り
鉄の扉が閉じられたように
魂はもう届かないところに
行ってしまった
男は心を奪われて読んでいる
もしもし
そのまま読み続けたら
魂を異次元に持っていかれますよ
それから魂は浮遊して
出たり入ったりするのです
それはこうして休むときは便利ですけど
戻ってこない夜もあるのです
男はジャコメッティの彫刻のように
みるみる細くなって
金属質の音をたてて立ち上がる
魂が青く燃えてスパークし
そのままカフェを出ていった
財布を取り出そうとバッグを開けると
なつかしい本が当然のように
しっかりと収まってそこにある